富士屋ホテルの建物

富士屋ホテルの建物をフォトギャラリーでご紹介。
約2年間の耐震補強及び改修工事を経て、142年目の創業記念日となる7月15日にグランドオープンした富士屋ホテル。
7,602坪の敷地に建つ建物をご紹介いたします。

本館 明治24年(1891年)建築

  • 登録有形文化財・近代化産業遺産
西洋式ホテルの中枢「本館」

明治24年(1891年)に新築された本館は、完成から現在に至るまで富土屋ホテルの中枢として機能し続けています。外国人客の宿泊を意識して洋風の意匠を基調にしながら、内外の随所に和風の意匠を加味した特異な建物です。
正面中央に唐破風屋根の玄関ポーチ、左右に八角平面の突出部をつくり正面性を強調した左右対称の外観をもっています。明治~昭和期の度重なる増築・改造を経て、現在では新旧が混在した複雑な建物になっています。

西洋館 明治39年(1906年)建築

  • 登録有形文化財・近代化産業遺産
双子の洋館

西洋館一号館「カムフィ・ロッジ」・二号館「レストフル・コテージ」は、日露戦争勝利後の好況期に建てられた客室棟です。デザインは軒が浅く、装飾が控えめで端正ですが、明治期の洋風建築の典型である天井や軒、階段の装飾、鎧戸付きの上げ下げ窓や、豪華な唐破風の玄関が存在感を放っています。
比較的改造が少なく、富士屋ホテルの建築のうち最もよく創建時の姿が保存されています。

花御殿 昭和11年(1936年)建築

  • 登録有形文化財・近代化産業遺産
花の竜宮城

花御殿は富士屋ホテル建築の集大成であり、富士屋ホテルの、そして箱根のシンボルとなっています。華麗な和風の意匠や複雑な屋根、赤い高欄付のバルコニーが特徴の独特なデザインに、設計者・山口正造の意図が強く反映されました。
「花御殿」という名にふさわしく、客室はそれぞれ花の名前で呼ばれ、豪華な内装やルームキーには部屋名にちなんだ花のモチーフが散りばめられています。

フォレスト・ウイング 昭和35年(1960年)建築

時代が求めた近代建築

経済成長が加速する昭和35年(1960年)、かつてフォレスト・ロッジが建っていた高台に新館が建てられました。富士屋ホテルの客室棟のうち、最も新しく、山口堅吉が経営していた時代に新築された唯一の建物です。
装飾の少ない外観や、同型の客室が整然と並ぶ構成は、極めて近代的でそれまでの富士屋ホテル建築とは明らかに異なります。しかし、時代に合った最先端のサービスを実現するべく新たなものを果敢に取り入れる精神は受け継がれているのです。

旧御用邸 菊華荘 明治28年(1895年)建築

  • 登録有形文化財・近代化産業遺産
純和風木造建築の旧宮ノ下御用邸

もとは内親王の避暑のために建てられた御用邸でした。温泉村人民総代であった山口仙之助が建設のために地元労働力を献納して褒章を賜るなど、創建当初から富士屋ホテルと縁の深い建物でした 。昭和21年(1946年)に下賜され富士屋ホテルの別館となり、日本の建築や庭園、茶の湯などの文化を外国人に紹介する場となりました。
良質の材料を用いた瀟洒な純和風建築の随所には、宮廷建築家の優れた技能が発揮されており、雁行する建物と池、庭園の配置は伝統的な書院造にならっています。

食堂棟 昭和5年(1930年)建築

  • 登録有形文化財・近代化産業遺産
食堂棟は富士屋建築のハイライト

関東大震災後、7年を経て初の大造営が食堂棟でした。鉄筋コンクリート造の1階が、木造の2階と塔屋「昇天閣」を支えています。良質な素材や細部の装飾には強いこだわりが感じられます。切妻の銅板葺き屋根や五重塔のような塔屋は、寺社風の意匠であり、高欄や壁の色使いも独特です。洋風で端正なそれまでの富土屋ホテルの建築とは一線を画し、新しい力強さを獲得しています。
正造は2階のメインダイニングルームを“THE FUJIYA" と名付け、「これこそまさにフジヤ」という強い思いを表現しました。

カスケード・ウイング 令和2年(2020年)建築

さらなるサービスの向上に向けて

本館と食堂棟の裏側に建てられた「日本閣」「カスケードルーム」「厨房」「フィッシュアレイ」「4号館」などの大正9年建築群は、今回の大改修により解体され、新たに大きな4階建の建物が新築されました。
この建物は「カスケードルーム」から命名し「カスケード・ウイング」と名付けられました。ホテルのバックヤードが充実したことにより一層質の高いサービスのご提供に努めてまいります。
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